京都地方裁判所 平成4年(ヨ)1050号 決定 1993年9月16日
主文
本件申立てをいずれも却下する。
申立費用は債権者らの負担とする。
理由
第一 債権者らの申立て
債務者は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)におけるすべての工事を直ちに停止し、以降本件土地の現状を変更してはならない。
第二 事案の概要
一 本件は、宮津湾流域下水道事業の一環として、債務者が本件土地に下水道中継ポンプ場の建設を開始したところ、本件土地の周辺に自己所有地、住宅又は仕事場を有する債権者らが債務者に対し、右中継ポンプ場は、臭気、騒音防止対策について不完全な設備のものであるとして、契約上の義務違反に基づきその建設工事続行禁止等の仮処分を求めた事案である。
二 争いのない事実及び疎明資料により容易に認定できる事実
1(当事者)
債権者尾関久雄(以下「債権者尾関」という。)は、本件土地の旧所有者でその両隣に自己所有地を有し、債権者安東経芳(以下「債権者安東」という。)は、本件土地に近接して住宅を所有し、債権者山内俊二(以下「債権者山内」という。)は、本件土地に近接して仕事場を所有している。
2(宮津湾流域下水道事業及び宮津湾流域下水道須津中継ポンプ場の事業計画の概要)
(一) 宮津市、加悦町、岩滝町及び野田川町の一市三町からなる宮津湾の流域は、下水道の整備が行われておらず、近年の都市化に伴い、この地域の公共用水域における水質汚濁が進行したため、自然環境の保全をも目的として宮津湾流域下水道が計画された。この宮津湾流域下水道事業は、右一市三町を対象とし、現行計画では最終的に計画処理人口にして五万九四〇〇人、計画処理面積にして一二五七ヘクタールを整備しようとするものである。
(二) 中継ポンプ場とは、自然勾配を利用して汚水を流下させると地形上、管渠の埋設場所が著しく深くなる場合に設けられる揚水施設をいい、宮津湾流域下水道においては、獅子崎、敦賀、須津、堂谷、四辻及び石川の六箇所に設置が計画されている。このうち須津に設置予定の宮津湾流域下水道須津中継ポンプ場(以下「本件ポンプ場」という。)の施設は、地上一階(玄関、階段、電気室等)、地下二階の構造で、地上部の高さは約六・八メートル、建築面積は約一三〇平方メートルであり、最終的には一日当たり平均約二万立方メートルの汚水を五台(うち一台予備)のポンプにより下流に圧送することとしているが、当面の第一期設備計画としては二台(うち一台予備)のポンプにより、一日当たり平均で一七〇〇立方メートルの汚水を圧送することとしているものである。
3(本件土地の売買)
債権者尾関は、昭和六三年三月四日、本件土地を本件ポンプ場用地として、金一七五一万七〇三〇円で債務者に売り渡した(以下「本件売買」という。)。
4(地元住民に対する事業説明の経過について)
(一) 債務者は、昭和六三年三月に本件土地を建設用地として取得した後、当初平成二年度下半期の工事着手予定で、関係地元である須津区及び夕ケ丘自治会に対して事業説明会を開催した。その際、債務者が関係地元に提示した本件ポンプ場の施設概要は、地上二階、地下一階の構造で、地上部の高さは約一一メートル、建築面積は約一七〇平方メートル、地上部の一階には電気室、二階には自家発電機室、活性炭吸着塔を設ける脱臭機室を配置し、他方、地下部分は汚水中の夾雑物(ゴミ)を取り除くための除塵機及び夾雑物(ゴミ)を粉砕し汚水へ戻す破砕機を設置する沈砂池機械室を配置し、その下部に汚水が流入する着水井と水中ポンプを設置するポンプ井が置かれることとなつていた。臭気対策としては、臭気発生源であるポンプ井と除塵機の臭気を捕集し、活性炭を通じた後、屋外へ排気し、ポンプ場内に堆積した汚水中の砂はバキューム車で吸い上げ場外へ搬出することとなつていた。
(二) これに対し関係地元からは、本件ポンプ場が悪臭及び騒音の発生源であるとして、平成二年九月二一日に夕ケ丘自治会長から京都府流域下水道建設事務所長宛てに、同年一〇月一五日には須津区長から同建設事務所長及び宮津市長宛てに、さらに同年一二月には地元住民の有志から宮津市長宛てに、それぞれ建設予定地の変更等の要望が出された。
(三) これを受けて債務者及び宮津市は、本件ポンプ場の必要性を訴え、その理解と協力を求め、臭気、騒音についての環境対策についての説明会や滋賀県琵琶湖流域下水道における二箇所のポンプ場の見学会を開催し、平成三年五月には、須津区及び夕ケ丘自治会に対して、建物の構造を地上一階、地下二階(地上部の高さ約六・八メートル)とし、当初二階に置くこととしていた自家発電機及び活性炭吸着塔を地下一階に配置し、臭気の発生源であるポンプ井を密閉構造とするとともに、し渣(ゴミ)は汚水中に設置する破砕機で細かく粉砕して砂分とともにポンプで下流に送るという施設の変更を申し出た。
(四) 平成三年七月一一日に須津区及び夕ケ丘自治会の役員から債務者に対し位置変更の要望があり、また同年八月二七日には、須津区長及び夕ケ丘自治会長の連名で、位置変更の要望書が京都府下水道室長及び宮津市長宛てに出され、これを受けて同年九月二日宮津市長は京都府知事宛てに要望書を提出し、これに対し同月一二日京都府知事から宮津市長宛てに、位置変更はできないものの、主な施設を地下化して緑化等により周辺環境に配慮し、近代的設備の導入を図り万全を尽くす旨の文書が送付された。
(五) その後、地元からの要望により、平成三年一二月三日に須津区及び夕ケ丘自治会役員一二名が債務者の草木副知事と会見し、さらに同月一五日に須津区及び夕ケ丘自治会役員等を対象とした説明会で現建設予定地での理解を求め、景観にも配慮する新たな提案を行つたところ、同年一二月一八日、須津区及び夕ケ丘自治会はそれぞれ区会議を開催し、「建設予定地については反対しない」との決定をした。
(六) しかし、あくまで位置変更を求める一部住民があつたため、平成四年三月一六日、須津区長及び夕ケ丘予治会長から京都府知事及び宮津市長宛てに、現建設予定地でやむを得ないものの、建設にあたつては、公害のない構造、機能、付近の景観を損わない最良の形状の建物にすること、工事の発注を猶予してほしい等の要望書が提出された。そこで、債務者は、これを受けて事業説明会の中で引き続き施設改善に努めるとともに、基礎工事発注の事務手続を進めることについての理解を求めた。その後同月一九日須津区長から京都府知事及び宮津市長宛ての、当初の建設予定地で止むなしとするものの、周辺環境、機能、構造に関し七項目の要望が出されたことに伴い、これを検討するために「須津中継ポンプ場問題協議会」が設立された。
(七) そして、債務者は、平成四年三月二五日の事業説明会の後、同月二七日に本件ポンプ場建設の基礎工事を発注し、同月三〇日に受注者である西田・安田共同企業体(代表者西田工業株式会社)との間で請負代金二億四六一七万円で工事請負契約を締結した。
他方、同月二六日に、須津区長から破砕機に関する機能面での追加要望とともに、債務者が建設しようとしているポンプ場のモデルとして京都市伏見区桃山のポンプ場(以下「桃山ポンプ場」という。)を示したことから、桃山ポンプ場の見学会開催についての要望書が提出され、同年四月一五日に事例調査として桃山ポンプ場及び大津市石山ポンプ場の施設見学会が行われた。
(八) その後、平成四年五月二五日に須津区長から宮津市長宛てに、施設整備に係る五項目の要望書が出されたため、債務者は、同年六月八日に右要望事項に対する事業説明会を行い、そこで建築面積を約四分の三に縮小し、防音対策として主な部屋に吸音材を張り、屋根裏に迂流壁を設け、活性炭吸着塔を直列に二台設置し、屋根の材質をステンレスにするなどの改善案を提示した。
さらに同月二九日に事業説明会では建物の位置を東側に約二メートル移動させて西側に約五メートルの緑地幅を確保する改善案を提示し、また同年八月一一日の事業説明会では、債務者が工事に着手したい旨説明し、建物の高さ及び植栽については行政及び地元の代表により検討していくことになつた。
(九) 平成四年九月二日に、京都府職員及び宮津市職員が須津区長及び副区長を訪ね、同月七日に工事に着手すること及び植栽問題については本件ポンプ場の建設工事と平行して協議していくことを告げた。
5(本件ポンプ場の建設工事の着手)
平成四年九月一六日から本件ポンプ場の建設工事が開始された。
6(本件売買の解除)
(一) 債権者尾関は、本件土地の売買に際して、本件ポンプ場の建設に際しては地域住民に迷惑をかけない完全なものを造ることを条件としたのに債務者が右条件の履行を怠つたとして、平成四年九月一七日付けで代理人を通じて債務者に右条件の履行を求めるとともに、これが認められなければ売買契約を解除する旨の催告をし、右催告は同年九月二一日債務者に送達され、これに対し、債務者は同月二五日付け内容証明郵便で債権者尾関の意向にはそえない旨回答した。
(二) 債権者尾関は平成四年一〇月二日付け書面で、本件土地の売買契約を条件違反を理由として解除する旨を債務者に通知し、これに対し、債務者は同月九日付け内容証明郵便で右解除を認めない旨回答した。
三 争点
1(本件申立ての適法性)
本件ポンプ場の建設工事は、行政事件訴訟法四四条にいう「公権力の行使」に当たり、民事保全法上の仮処分が許されず、本件申立ては不適法なものか。
(一)(債務者の本案前の抗弁)
本件ポンプ場の建設事業は、都市計画法に基づき建設大臣の認可を得、更に下水道法に基づく流域下水道として同大臣の認可を得たうえ、地方公共団体の法の執行として行われる権力的意思活動であり、行政事件訴訟法四四条にいう「公権力の行使に当たる行為」に該当し、民事保全法上の仮処分を許さないものと解すべきである。
したがつて、本件申立ては不適法として却下を免れないものである。
(二)(債権者らの反論)
公権力の行使とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうちで、その行為により直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解すべきところ、本件申立ての対象は、債務者の事実行為である工事の具体的な内容であり、債務者の行政処分ではない。
本件は、右工事施工行為が契約違反であることを問題とする民事事件であつて、行政事件訴訟法四四条の適用を受けないものである(本件売買、それに付した条件、工事内容の合意等は、その当事者の一方が行政機関であつたとしても、それは公権力の行使ではなく単なる私法上の契約にすぎない。)。
2(本件売買の条件違反)
本件土地の売買契約に、本件ポンプ場の建設に際しては悪臭、騒音等の公害を完全に防止する設計のものとし、地域住民に迷惑をかけない万全なものを構築するという条件が付されていたのに、債務者は、右条件に違反して本件ポンプ場の建設工事をしたのか。
(一)(債権者尾関の主張)
債権者尾関は、昭和六三年三月四日、本件土地を債務者に売り渡した。その時の条件は、本件ポンプ場は臭気、騒音については完全に防止する設計のものを構築すること、地域の住民には迷惑をかけない万全のものにするということであつた。それは本件ポンプ場を造ることにより、地域住民に迷惑をかけるようなことになれば、本件土地を債務者に売り渡した債権者尾関としては立つ瀬がなくなり、また、自己所有地がその両隣にあるのでその価値が下つてしまうという問題があつたからである。
しかし、その後債務者から示された設備の設計は、この点において極めて不十分なものであり、債務者は右条件に違反して不十分なものを造ろうとしている。
(二)(債務者の反論)
債権者らは、本件売買に際し、債務者に条件を付したと主張するが、そのような事実はない。売買契約書にその旨の記載はなく、またその他に条件を付した書面を交わした事実は一切存在しない。
債務者は都市計画決定から買収に至るまで、本件ポンプ場の計画概要を位置図、平面図、断面図等を用いて数回にわたつて説明を行い、事業の必要性を説くなかで、債権者尾関の了解を得たうえで本件土地を買収したものである。
債務者は行政を進める立場として、公害を発生させることなく、地域住民に迷惑をかけない施設を設置することは、当然に課せられた責務であると認識しており、今日まで一貫してこの基本姿勢を貫いてきたところである。
3(債権者らとの合意違反)
債務者は、債権者らとの間で、桃山ポンプ場と同じ様な、悪臭、騒音等の公害のない完全な構造の、ポンプ場を建設することを合意していたのに、右合意に違反して本件ポンプ場の建設工事をしたのか。
(一)(債権者らの主張)
債務者は、債権者らに対して、次のとおり本件ポンプ場について完全な設備のものを造ること、その内容は桃山ポンプ場の設備と同内容のものとすることを約束した。
(1) 債務者の代表者の一人である草木副知事は、平成三年一二月三日、京都府庁において、債権者安東、同山内を含む住民一二名に対し、本件ポンプ場については、最高の内容のもの(伏見桃山に建設済みの施設と同内容のもの)を金には糸目をつけずに造ると約束した。
(2) 債務者は、平成四年三月一七日、債務者の地元での事業説明会において、債権者らを含む住民約四〇名に対して、本件ポンプ場については、桃山ポンプ場の設備と同内容のものとし、その設計もそのように変更すると約束した。
(3) 右の約束に基づき、債務者は、平成四年四月一五日、京都府職員四名、宮津市職員二名が同行して債権者三名と住民約一五名をバスで桃山ポンプ場に案内し、その施設を視察させて、これと同内容の施設を造ることを約束した。
以上のとおり、債務者は、債権者らに桃山ポンプ場の設備と同内容のもの、すなわち、地下四階まで掘り下げ、電気設備、下水破砕機などの設備、下水の溜まり場などを地下深く設定し、地表面には小さな出入り用だけの建物を設定し、騒音、臭気が完全に遮断されるような施設を建設することを約したのである。
しかし、債務者が工事中の本件ポンプ場の構造は、右合意とは異なるものである。本件ポンプ場は、桃山ポンプ場の二倍の水量の処理が予定され、その電気設備は桃山ポンプ場のそれよりも大きなものであることが推測されるのに、電気室が桃山ポンプ場と異なり、地下化されずに地上に出ている。また、本件ポンプ場の一階部分の建物面積は桃山ポンプ場のそれよりも大きくなつていて、その全体的な構造では、騒音、臭気、振動等に住民が悩まされるおそれがある。
(二)(債務者の反論)
債務者が、債権者らに対し、本件ポンプ場につき桃山ポンプ場と同じ内容のものを建設すると約束したとの主張は事実に反している。
債権者らの主張中(1)は否認する。副知事の発言中「最高の内容のものを金には糸目を付けず造る」というのは、本来実現可能な条件下にあるにもかかわらず、ただ経費の増高という理由のみをもつて実施することを拒否すべきではないという趣旨である。また同知事は、桃山ポンプ場と同じ内容のものにすると約束したことはなく、本件ポンプ場を、桃山ポンプ場における臭気、騒音、振動の公害防止対策について同等以上のものにするとの趣旨である。
債権者らの主張中(2)、(3)は否認する。債務者が住民に対して説明してきたことは、位置変更はできないものの環境面、機能面での整備に万全を尽くすということであり、住民の理解を得るために桃山ポンプ場の事例を示したものである。その意図するところは、市街地の中にある桃山ポンプ場の臭気、騒音、振動の公害防止対策、さらには環境面での事例を実見してもらい、本件ポンプ場に対する理解を深めてもらうためのものであつた。
以上のとおり、債務者としては、債権者らに桃山ポンプ場と同様の構造のものを建設するという約束をしたことはない。しかし、本件ポンプ場の設備は、桃山ポンプ場を始めとして、他のポンプ場と比較しても決して優るとも劣るものではない。
本件ポンプ場の処理水量は桃山ポンプ場の一・五倍にすぎず、電気設備の大きさに比例して騒音が大きくなるものではない。本件ポンプ場の電気室を地上に設置したのは、その地理的、地形的制約を踏まえ浸水及び湿気対策に配慮したためである。本件ポンプ場は、騒音、振動、臭気等の公害の発生を防止するため、その設備、構造には万全の配慮をしているのであつて、債務者らが主張するような公害が発生することは一切ない。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(本件申立ての適法性)について
本件ポンプ場の建設事業は、都市計画事業として都市計画法の手続に従い、また下水道法に基づく流域下水道として、それぞれ建設大臣の認可を経て行うものではあるが、本件差止請求の対象である本件ポンプ場の建設工事自体は、債務者が先に債権者尾関から買収した本件土地上に、債務者が私人と対等の立場に立つて締結する私法上の契約に基づいてポンプ場を設置するという事実行為であり、右工事の施工自体は公権力の行使という性質を有せず、右工事により直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているとはいえないから、本件ポンプ場の建築工事は、行政事件訴訟法四四条にいう「公権力の行使に当たる行為」に該当せず、本件申立ては適法である。
よつて、本件申立てを不適法とする債務者の主張は採り得ない。
二 争点2(本件売買の条件違反)について
《証拠略》によると、本件売買契約書には、債権者尾関が主張するような条件についての文言が記載されていなことが認められる。また《証拠略》によると、債権者尾関は本件ポンプ場から発生する臭気について関心を有していたこと、本件土地の売買契約を締結するまでの交渉の中で、債務者の職員から債権者尾関に対し、本件土地に建設予定の本件ポンプ場の施設の内容として、本件ポンプ場は無人の施設であり、臭気も外に出さないような構造を考えていることや環境に配慮し周囲からポンプ場と判らないような建物を考えていることなどの説明があつたこと、右説明を了承して債権者尾関は債務者と本件土地の売買契約を締結したことが認められるが、本件売買の交渉については、本件土地の売却価額の決定にその重点があつたことが認められ、債権者尾関の右了承は、同人が本件土地を売却するに際しての動機とはいえても、これに本件売買契約の内容とし、特別に条件を付したものとまでは認められない。
よつて、本件売買契約に本件ポンプ場の建設に際しては地域住民に迷惑をかけない完全なものを造るという条件が付されていて、債務者が右条件に違反したとする債権者らの主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
三 争点3(債権者らとの合意違反)について
平成三年一二月三日に債務者の草木副知事が、債権者らを含む地域住民と会見したこと、平成四年四月一五日に、桃山ポンプ場及び大津市の石山ポンプ場の見学会が行われたことについては、前記第二の二のとおり当事者間に争いがない。
そして、副知事との右会見の内容については、《証拠略》によると、本件ポンプ場の場所の移転はできないものの、設備については電気等仕方がないもの以外は地下化するなどして最高の施設を経費に糸目をつけずに建設するので、本件ポンプ場の建設に対する理解を求めたい旨副知事が述べたことが認められ、また《証拠略》によると、債務者は事業説明の中で債権者らを含む地域住民に対し桃山ポンプ場と同等もしくはそれ以上の設備のポンプ場を本件土地に建設する趣旨の説明をしたことが認められる。
しかし、《証拠略》によれば、債務者は、本件ポンプ場の建設に対する地元の理解を得るために、公害対策や環境対策が適切に講じられている具体例として桃山ポンプ場を債権者らに見学させたものであること、平成四年三月一七日の説明会において、桃山ポンプ場を事例としたのは形式ではなく機能として同じといつた旨の説明がなされていることが認められることから、右債務者の説明は本件ポンプ場を桃山ポンプ場と公害対策等の面で同等あるいはそれ以上の機能を果たすものとすることを説明したにすぎず、債権者らが主張するように、本件ポンプ場を桃山ポンプ場と構造面で全く同じにする趣旨の説明をしたとは認められない。
してみると、債務者と債権者らとの間で、債権者らの主張するような合意はなかつたものといわざるをえない。
したがつて、債務者が、債権者らとの間で、桃山ポンプ場と同様な、公害のない完全な構造のポンプ場を建設することを合意していたのに右合意に違反したとする債権者らの主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
ちなみに《証拠略》によると、本件ポンプ場の公害防止対策のうち、臭気対策としては、臭気の発生源であるし渣(ゴミ)をすべて破砕機で細かく砕き、また耐磨耗性のポンプを使用して砂も一緒にポンプアップして下流に圧送することで、臭気のもとになるようなものは外部に搬出しないこと、臭気の発生しそうな部屋を密閉状態にしていること、臭気の出る部屋に設置してある機械の保守点検に際しては、臭気を含む空気を吸引したうえで活性炭吸着塔という脱臭設備を通して脱臭した後に大気に放出し、他方部屋の開閉については、作業員のための新しい空気を送り込むことで部屋の空気の気圧が下がるため、部屋の外に空気が流れ出さない構造となつていること、また騒音振動対策としては、騒音の発生源となる施設は全て地下に設置され、地下の部屋には吸音板を張り、その他鉄筋コンクリート製の重量物及び地面を透過することで、遮音を図つていること、各部屋の換気については、消音機、迂流壁を通すことで遮音を図つていること、電気室内で騒音のもとになるものは冷却ファン等であり、その音は家庭の大型冷蔵庫より大きめの音であるが、電気設備が全て鋼鉄製の箱に入つているうえ鉄筋コンクリートの部屋の中に置かれているので外部にほとんど漏れないこと、以上の事実が認められ、右事実によれば、本件ポンプ場は、債権者らが主張するような公害を発生する危険性のあるものとは認められない。
四 以上により、債権者らの本件申立てについては、被保全権利の疎明がないといわざるを得ないので、本件申立てをいずれも却下することとする。
(裁判長裁判官 島田清次郎 裁判官 土屋文昭 裁判官 川畑公美)